【製品のターゲティング】鼓膜体温計の販売の話

市場のターゲティングによる販売戦略について 

今から25年ぐらい前でしょうか。当時はまだ体温計は脇の下で測定する水銀体温計が主流で、脇の下で測る電子体温計がシェアを増やしているような時代でした。

現在では、手首、耳、オデコなど、非接触タイプでほんの数秒で測定できるものがありますが、当時は電子体温計のほか、鼓膜で体温を測定する体温計があり、この鼓膜体温計が画期的だったと記憶しています。当時、新人の私はこの鼓膜体温計を販売することになりました。 

私の担当は、200床以下の中小病院と開業医でした。 

当時、この製品に対しての販売戦略などは何もなく、デモ機とカタログを持って「とりあえず行ってこーい」という気合と根性で販売するというスタンスでした。

私もとりあえずカタログとデモ機だけ持って営業に向かっていました。私自身も新人でしたし、セールスメソッドなどあるはずもなく。また、ほとんどの施設はこのような鼓膜体温計があることも知らず使用した経験もありませんので、当然ながら新人の私には当初全く売ることができませんでした。 

また、購入に難色を示された要因として価格がありました。

当時、水銀体温計は1本、数百円程度で販売していた時代に、この鼓膜体温計は定価で50,000円と非常に高額でした。顧客からするととんでもない値段です。普通に考えるとほぼ購入されることがない価格です。 

ただ、何らかのニーズがあって商品化されたのですから、必要性はあったはずです。

製品として良い点もありました。

体温が3秒で測定できる、鼓膜で測定するので服を肌ける必要がないので女性にも使いやすい、プローブカバーを使って測定しプローブカバーはディスポーザブルなので衛生的、看護師さんが待合室で測定しなくても診察室で医師が測定できる、など。

また水銀計はガラスと水銀でできていますから破損しますし、割れたら怪我をする可能性もあり、水銀も非常に危険なものです。

鼓膜体温計はそれなりに良い点はありましたが全く売れませんでしたので、だれがどのような目的で使用することでこの製品にメリットを感じてもらうことができるのか、まずはお客様目線で考えてみました。 

この製品がなぜ必要なのか。 

例えば、 

  1. 水銀計は割れる→割れたら患者が怪我をするかもしれない。
  2. 水銀計は数分間、脇に挟んでじっとする必要がある。その数分間じっとできない人がいる。→じっとすることができなければ、正しい体温を測定することができない。→じっとすることができない人はどんな人か?
  3. 鼓膜体温計はすぐに測定できる。→長時間の測定ができない患者はどのような患者か?

 この①〜③を望んでいる人は、どこにいるのか考えました。 

仮説として思いついたのは2つでした。1つは小児科、もう1つが精神科の患者でした。 

小児科で受診する小さなお子さんは数分間もじっとすることは困難です。動いて水銀計が割れたらガラスで怪我をするかもしれません。お母さんがずっと子供の腕を押さえているという光景もよく目にしました。

もう1つは精神科病棟。こちらも患者さんはじっとできない方もおられました。子供さんと違い患者さんは大人ですから、水銀計を脇に挟んで数分間は看護師さんが患者さんを動かないように見なければなりません。男性の患者さんであれば看護師さん一人では抑えられないので複数名の看護師さんが関わることになってしまうのでは?と考えました。 

上記の仮説からまずは小児科にあたりをつけました。

小児科の先生、看護師さんからの評判は上々でしたが、当時、子供に使用するための鼓膜体温計のプローブカバーがなく、販売先として適切ではないと判断し、精神科へのPRを開始しました。

私は精神科病棟や病院には伺ったことがなかったので、全て飛び込み営業でした。製品のPRを行う前に飛び込み営業が一番緊張しました。

お忙しい看護師さんにお会いするのに、ただ「製品をPRしに来ました」では全く取り扱ってくれません。よって面会の目的は「精神科病棟の新しい製品の開発における情報収集、情報交換、および情報共有」の目的で訪問するようにしました。

看護師さんも現場で色々お困りのことも多く、情報交換であれば時間をいただけるケースが多かったように思います。

さて、色々とお話を伺っていきますと、やはり思っていた通り精神科の患者さん、特に男性の患者さんに対する体温測定にはかなり気をつわれており、一般病棟にPRした時と比べ、短時間で測定が可能な鼓膜体温計に対して非常に前向きな意見を頂けました。 

看護師さんに確認したことは、大きくは以下の内容でした。 

  1. 現在、体温計は何をお使いですか?(状況質問) 
  2. 体のどの場所で測定されていますか?(状況質問)
  3. 測定の際、ご苦労されることはありますか?それはなんですか?(問題質問)
  4. その問題について現状どのように対応されていますか?(示唆質問) 
  5. 体温の測定は重要ですか?(示唆質問) 
  6. 短時間(数秒)で測定できる体温計にメリットはありますか?(解決質問) 

質問への回答はおおよそ予想していた内容でした。 

  1. 体温計は何をお使いですか?(状況質問)  →水銀計を使用 
  2. 体のどの場所で測定されていますか?(状況質問) →脇の下で測定。
  3. 測定の際、ご苦労されることはありますか?それはなんですか?(問題質問)→患者さんによって自分で測定できないケースがあり看護師が測定しないといけないが、患者さんがじっとできないので、男性の患者さんであれば複数の看護師で対応しなければならない。患者さんが動いている場合、測定した体温が正しいかわからないことがある。体温計の破損を気にされている。 
  4. その問題について現状どのように対応されていますか?(示唆質問)→看護師複数で対応するが、あまりに動かれる場合は、測定を断念することもある。 
  5. 体温の測定は重要ですか?(示唆質問)→長期の入院の方も多いのでバイタルサインは重要。
  6. 短時間(数秒)で測定できる体温計にメリットはありますか?(解決質問)→時間も取られないので非常に重要。 

本当にほしいと思って頂いけている方は、こちら側の大きなサポーターになってくれます。まず現場の方を味方につけるとその後、私が購入決定権者へ提案する際に、一緒に説明に付き合ってくれます。製品説明の際に相づちをしてくれ、なぜ欲しいのかを追加で説明をしてくれます。

このときにヒアリングをしていた時に聞けなかった「追加情報」を頂けることが非常に重要であり、この情報は実務からでてきた現場の生の情報です。よってこのお客様より得た情報は次の施設へPRする際に非常に強力な販売促進情報になります。

価格が非常に高い製品ではありましたが、安全に体温が測定できる、数秒で測定が終了する、看護師の負担が格段に減る、などをご説明いただき、購入いただくことができました。

今の時代でしたら、介護施設や老人ホームなどでも需要があるかもしれません。 また、看護師さんがSNSなどに投稿されていたら、大きな宣伝効果になるのかもしれません。 

現在の感覚であれば、セールスが販売する前に製品ターゲティング、製品ポジショニング、セグメンテーションなどしっかりと戦略を立てた上でセールスへ落としていると思います。現在、非接触の体温計はどこでも当たり前になりましたが、そのような環境ではなかった時代には、誰が、どこで、どのような問題をお持ちなのかをしっかりと確認した上でお客様のニーズを導き、満足させることがより重要となります。当たり前と思うかもしれませんが、意外とできない会社も多いと思います。

現在、コロナ禍もあって色々な体温計が登場しており、病院だけでなく、例えば映画館、学校、ホテルなどに需要があると思います。

しかし、その環境ごとでその必要な機能、例えば複数名を同時に検温できる、検温と同時に消毒ができるなど、使用環境によってニーズが異なります。

どこでどのようなニーズがあるのかを判断できなければ、せっかくの良い製品が宝の持ちグサれになってしまいます。どの製品がどのような特徴があり、どの場所でご使用いただければ一番お客様が満足して頂けるのかを理解し提供する。

この考えは25年前の鼓膜体温計を販売していた当時と大きく変わらない点だと思います。

皆さんはいかがお考えでしょうか? 

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