麻酔科で使用するとある医療機器なのですが、市場のニーズをしっかり確認することなく、商品化してしまい、ほぼ売れなかったという、失敗した事例です。
手術後に痛みを止める薬液を注入するディスポーザブルの医療機器の担当をしていたのですが、当時シェアがNo.3の製品のシェアをなんとか上げるにはどうすれば良いかと考えていました。
この医療機器は、4社で市場のほとんどを占めており、各々の製品の特徴は以下の通りです。
A社:小さい、注入精度はそんなによくないが、価格が極めて安い。輸入品。シェアNo.1。
B社:価格は4社の中で一番高価、精度はそこそこ安定している。麻酔科で自己投与システムを唯一搭載。麻酔科以外にも癌の治療目的にも多く使用されており、そちらの使用率が高く、どちらかというと癌の治療目的に重点をおく。輸入品。シェアNo.2。
C社:新たな投与システムの導入により投与時の不具合を軽減。投与中の流量の切り替えが可能となった初の製品。残量表示が適切に記載されている。注入精度は他の製品と比べ高く、安定した流量が得られる。価格はB社より安い。国内産。シェアNo.4。
自社: B社なみの精度あり。麻酔科のほうが販売数量は多いが、癌の治療目的でも使用数量を増やしている。小型なので持ち運びが便利。価格はA社とB社の中間。国内産。シェアNo.3。
当時考えていた製品ポジショニングはこんな感じでした。
右上へポジションを変更するためには、以下の改善が必要と考えていました。
- 注入精度の向上
- コスト削減
ただ、現在のシステムでは、多少は向上できるもののC社の注入精度と同等以上に持って行くことは難しい。しかし精度は現在の製品の中では中間の位置づけにある。
価格は部品点数を減らすことで原価を下げることは可能。ただし、現状の製品を気に入って使用してくださる顧客もおおく、従って、新しく廉価版の製品を別途導入し、A社のシェアを奪い、トータル的に全体のシェアを伸ばす戦略としました。自社品は顧客に認知されおり、使用方法も理解されているので大々的にPRをする必要もなく、A社に価格勝負を挑むことで、精度+価格で獲得可能と踏んでいました。
戦略として、
- ターゲット施設はA社を使用している施設。
- A社より精度はよいこと提案。
- 製品的に満足して頂ければ、現在のA社より価格対応可能である。
としました。しかし、実際に蓋を開けてみると、全く売り上げが伸びませんでした。
理由は以下のように考えています。
- A社が更に安い価格提示を行ってきた。
A社は輸入品のため、コストは自社製品が下げることが可能と考えてきましたが、A社はグローバルで販売していたこともあり、実際はかなりも価格弾力性を持っていたことに気づかなかった。
- 安いものを良しとする施設は、ひたすら安いものを購入する傾向があり、結果的にA社の価格戦略に対応できなかった。
- C社が価格戦略ではなく、製品の優位性をもってA社施設の切り替えを進めてきていた。
- 実際の顧客のニーズに気づかなかった。
C社は新たなシステムを導入しているので、自社も含めC社に奪われることは想定していたのですが、正直、A社の使用先についても切り替えが進むとは考えていませんでした。
改めて、顧客のニーズを再考します。
このような術後の疼痛管理に使用する製品は、患者にとっては術後の痛みがなく、それにより離床も早くなり、非常に良い製品であることは間違いないです。
では、それを管理する医師や看護師の目線で考えた場合、どのような製品がよいでしょうか。医師、看護師は、術後の患者になんらかのトラブルがないかをチェックしています。この医療機器に関しても同様で、患者に適切にお薬が投与されているかをチェックが必要となります。
では、お薬が適切に投与できていなかった場合、どのような問題が想定できるでしょうか。
たとえば、適正に投与できていなかった場合、
- 患者が痛がるのでナースコールで呼び出しを受ける回数が増える。
- 設定している終了時間に投与が終了せず、早く終わったり遅れたりして時間が変わり、それによって予定している看護師の作業に支障をきたす。
- 過小投与による痛みが持続することによる早期離床の亢進、過剰投与による呼吸抑制などの副作用のリスクが増加する可能性がある。
- 製品の不具合の可能性について確認が必要
などが想定されます。
ここから見えるのは、痛みをとることはすべての製品が行えるのでどの製品も一緒であり、真のニーズとしては「手間が掛からない製品」ということが考えられ、現状の製品では、結果的に「精度の良い製品」が「手間が掛からない」との認識となり、実際のお客様である医療従事者に受け入れられたものと考えます。「精度がよい」という本質を理解していませんでした。
顧客目線で見た場合のポジショニング
- 精度が安定していれば、適切な投与により適切に痛みを和らげることができる。
- 精度が安定しているので過剰投与や投与不足が少なく、お薬による副作用も少なくなり患者からのナースコールも少なくなる。
結果、精度が良い製品は患者にかける余分な手間が少なくなる。医師、看護師は非常に忙しいので、効率よく業務を回すことができる。
よって看護師が必要としている製品は、「患者の痛みを適切に緩和させることで、看護師の手間が軽減される製品」だったわけです。
各社の製品品として細かな付加価値ポイントはあるかと思いますが、それらは最終的には手間がかからない、と言ったところに集約されています。当時は、医師、看護師の業務効率化までは頭にありませんでした。それを私は価格第一で改良した結果、失敗したと考えています。
よく、自分の思い込みで製品のポジショニングを決めてしまうことがありますが、その製品が売れている「真の目的」を顧客目線でしっかり確認することが重要であったと感じる事例でした。安いから売れている訳ではない、高いから売れないわけではない、売れている製品には何らかの理由があり、それを見誤るとただ価格だけで勝負してしまうと言う情けない事例です。
以降、製品を開発する際には、仮説をしっかり立てたアンケートを複数の顧客に対して実施し、真のニーズを確認するようになりました。 皆さんは如何でしょうか。