私が担当していた製品は海外の医療機器でしたので、不具合については我々も医療従事者も非常にシビアに見ていました。しかしながら、100%何も不具合や苦情がない製品はありませんので、医療従事者から苦情を受けることも多々ありました。例えば、薬液が漏れた、カテーテル(チューブ)に薬液が詰まった、など。
患者にさんに関わることなので、苦情を受ける際は非常に厳しいお言葉をいただくのですが、対応の仕方によってはその後、自社のファンになってくれたり、サポーターになってくれたりするケースもよくあります。
今回は苦情に対応したケースです。
ケース①
あるご施設で埋め込み型カテーテル(チューブ)から、ある薬液を注入していましたが、カテーテルがよく詰まるとの苦情を頂きました。メーカーとしては特に問題のない薬剤なので、そのカテーテルを調査しても何も問題はなく、使用者由来でいうことで調査終了となったのですが、先生は納得してくれませんでした。
そこで訪問し状況を確認すると、薬液注入後にフラッシュ(生理食塩液で洗い流すこと)をしていましたが、何回か使用するとその後のカテーテルの流れが悪くなるとのことで、これでは「患者さんに安心して使用できない」とのことでした。
海外でも使用されている製品で、フラッシュは通常通り実施いただければ問題ない旨説明もしましたが、実際に詰まっているのでご納得はいただけません。
そこで、どのような方法を用いてフラッシュを行えば薬液の詰まりを抑えることができるのか、先生にご助言をいただくこととしました。我々は薬剤を注入する装置を持っていないので実際の現場の意見を反映した情報も我々も必要でした。
通常、なんらかの苦情が発生した場合、お客様を納得させることが主な目的になります。その際「海外でも他の施設でも何も問題ない、そちらの使用方法が悪い」ということで一方的にこちらサイドの見解を押し付けたり、理論的に起こり得ないと「論破」してはお客様は納得するどころか怒ってしまいます。そしてその後、その顧客は「敵」となり、今後自社の製品を使用していただく機会は無くなります。また関連する施設まで波及してくれるかもしれません。
表題の通り「苦情対応はビジネスチャンス」として考えた場合、お客様が我々の説明に納得し、信頼いただけることが重要となります。
今回のケース①の場合、我々も情報が無いのでそれは正直に話をし、お互いにWin-Winになるためにはどうすれば良いかを考えて対応に臨みました。
先生の意識としてはこの時点では「製品がよくない。カテーテルからこの薬液を流してはいけない」という思いがあったと思います。ただ今回の苦情の真の理由は製品云々ではなく「患者さんにより良い治療を行いたい」ということであり、それができない製品は如何なものか?といったところであったと思います。
本来、良い治療を行うために販売した製品が、悪い製品であるというイメージがつき、我々にマイナスの影響だけが残ることが無いよう(具体的には先生との関係がより悪くなる、製品が売れなくなるなど)考慮して先生と面会し、下記の3つの内容をお話しし、提案しました。
①海外と日本とではフラッシュの方法が違うかもしれない。日本における情報は少なく、我々も情報を持ち合わせていないものが多い。よってどうフラッシュすれば良いか先生の見解をお聞きしたい。
②我々は臨床機器を有していないため、確認することができない。よって先生に試験等を行っていただき、適正な使用についてサポートいただきたい。
③この試験の結果、得られた情報は社内で共有し、臨床現場に反映したい。
①と②は本音です。海外では特に問題がないので、メーカーも何も情報を持っていません。先生の協力を仰ぐことで日本における具体的な情報が得られます。先生に協力してほしいと言っても拒否されることもしばしばあります。しかし今回は、日本では情報を有していないこと、得られた情報は他の施設で同様のことが発生しないように共有し、啓蒙活動を進めていきたいという前向きな提案であること、また先生にとっても新たな情報を自ら得ることができ、その試験は人を用いない in vitro試験(人工的に行う試験)で機器さえあれば実施可能であるため、断られることは少ないと考えていました。
そして③ですが、今回カテーテルが詰まるという問題が発生していますが、他施設や海外では発生していないので、②で試験を行ったとしても多大な影響が出るようなネガティブな情報はほとんど出ることはない、と想定していました。 よって日本国内で情報がない中、具体的な情報を入手し、その情報を販売促進ツールとして使用できる、 またもし期待していない結果となったとしても、それは今後、顧客に対しての注意喚起を行うための貴重な情報となるため、その情報も良い意味で販売促進に使用できると考えていましたので、関係性を構築する上でも試験を依頼することを躊躇うことはありませんでした。 なおその試験については、悪い結果となっても先生が望むのであれば学会等に発表していただいても良い旨、お話をしました。
通常は悪い情報は隠したくなるものですが、悪い情報も注意喚起資料として使用するつもりであることを伝えることで、先生からは信頼を得ることができ、先生からも試験について了承頂けました。
ちなみに、その発表については雑誌社へ掲載を事前に依頼していました。その情報を別冊として購入し販売促進ツールとして使用するつもりだったからです。雑誌社も新しい情報は掲載したいわけで二つ返事でOKをいただきました。
なお結果的にはフラッシュの方法を改善することで特に問題なく使用することができることが証明された発表になりました。
この試験を行うことによって、先生は自身の試験を持って新たな情報を学会で発表することができましたし、関連雑誌にも取材されたことで知名度も上がりました。我々はその関連雑誌の別冊を購入することによって、販売促進活動に使用することができましたし、③をお願いしたことで、先生も我々もWin-Winの関係が成立することになったわけです。また今回の件で、先生も我々と一緒に問題を解決したという達成感も得られ、以降、非常に良好な関係を築くことができました。
苦情が発生した場合、相手は感情的になっていることが多くありますが、その本当の意味を客観的に分析することで、真の理由が明確になります。その真の理由を解決することがその苦情を治めることになります。今回の事例も元々は患者さんに良いものと思って使用しようと思ったらちょっと詰まる、どういうこと?、というところから始まっており、真の理由は「患者さんにより良い治療を行いたい」というお考えから発生した苦情であり、それを行えるように解決できたことが、信頼関係の構築に繋がったと考えますが、皆さんはいかがでしょうか?
苦情対応に関する今回のまとめ
- 苦情の原因となる真の理由を明確にする。
- お互いの共有のゴールを明確にし共有する。 →「先生も我々も患者さんにより良い治療を行いたい」という共通ゴール
- 嘘や中途半端な情報で誤魔化さない。ないものはない。素直に謝る。
- 問題を解決するため、マイナス面も受け入れる。信頼を得る行動をとる。 →悪い試験結果になっても公にしてもらっても良いと事前に伝えていること。
- 問題を解決することで顧客にメリットが出るような対応をする。 →先生に解決するための協力をお願いし、解決することで共有の達成感を得た点。