20年以上前でしょうか。今では当たり前のように行われている経皮的検査や治療(お腹などを開けることなく、腕や足の血管からカテーテルと言われるチューブを挿入して、検査や治療)を行う際に、そのカテーテルを血管から目的部位に持っていくための道具として、ガイドワイヤーという製品があり、これをテルモ株式会社が独自の技術で製品を販売しており、この製品は海外でも「ジャパニーズワイヤー」と言われるほどの性能を持って、市場を席巻していました。
この製品は、親水性コーティング(水に濡れるとツルツルするコーティング)や形状記憶合金を用いており、血管の中でスムーズに操作できる、カテーテルや血管と機器が接触してもステンテスと違い折れない、という画期的な特徴を持った製品でした。
私達もこの製品の特徴を「マネ」し、少し違う特徴を持って製品を導入してはどうかという話となり製品の上市を始めていきました。
製品としては似たような親水性コートをもち、ステンレス合金を用いてトルク性能をアップさせた、そんな製品でした。 個人的には、そんなに劣っている製品でもないので、そこそこいけるのでは?と感じてはいました。
ただ、先に結論から申しますと、この製品の導入は大いに失敗に終わりました。
なぜか? 理由としては、営業戦略、販売戦略、製品戦略を全く行っていなかったからです。加えて製品ありきでものができ上がってきたので、開発段階で自社(本社)で確認した顧客のニーズをインプットをしておらず、この製品が本当に必要なものかなど、全く考えていませんでした。 そこそこの製品が完成したのでとりあえず上市しましょうと、その程度の感覚だったように思います。
大雑把にいうと当時の私の上市にあたっての考えはこんな感じでした。
- 製品的には普通の手技でそこそこ使えるだろう。
- 他社と同じようにコーティングしているし、同じように使えるだろう。
- 同じようなものだからと言われれば価格は安くして販売しよう。
- とりあえず、使っているところを代理店に聞き出してアプローチしていきましょう。
こんな感じですので、製品のポジショニング、顧客のターゲティングなど1ミリも考えていませんでしたし、こんな感じですので、セールスさんもどこでどのように製品が使用されているか見たこともありませんし、事前に専門知識もありませんでした。よって、顧客にどのようなニーズがあるのか、問題があるのか、確認する術もありませんでした。
そのような中、製品は導入されます。導入してしまったので、とりあえず数を売っていかないといけません。
よって、セールスさんによっては、ディーラーから引き合いがあった場合、たくさん出るサイズは原価より少しだけ利益を乗せて売って、あまりでない製品は500円ぐらい利益をのせてまとめ売りするような方もおられました。もちろんこの販売方法ではたくさん出る方が回転すると売ればマイナスになるのですが、当時は約5%の利益が出ていると考えており販管費を乗せた上での利益確保という概念もなく、今、考えるとありえない話です。
そもそも論として、全くマーケティング的な考えもなく導入していたんですね。 今、思い返してみると、失敗点はたくさんありましたが強いて失敗点をあげるとすると、
- 製品ありきで上市した。市場を全く理解して無い中、上市してしまった。
- 市場にニーズがあるのか、全く確認していなかった。
- 現状のガイドワイヤーのメリット、デメリットを理解していなかった。
- 自社製品の特徴が、市場で必要とされている特徴なのかを把握できていなかった。
- 自社製品のポジショニング、コールポイントを全く理解していなかった。
- 本当の製品の特徴を把握していなかったので、ポジショニング、コールポイントを想定できず、結果、製品戦略、価格戦略、プロモーション戦略等、全く打つことができていなかった。
- セールスへの戦略、戦術の説明を怠った。
- 価格戦略を誤った。
などなど。沢山の点を怠っていました。
もちろんこれらをしっかりおこなったとしても売れていたか、というと難しかったかもしれません。市場にニーズがなければ製品の価値は市場から得られませんから。 ただし、製品のポジショニングとターゲティングをもう少しまともに構築していれば、この製品はこういった時に使用できるものとして、多少使用者に認識して頂くことは可能だったと考えています。
では、先述の怠ったポイントについて、何をしていればよかったでしょうか?
製品ありきで上市した。市場を全く理解して無い中、上市してしまった。
製品を開発する際、その特徴が市場で受け入れられるものなのか、どこをターゲットにするかを含め、初めに市場調査を行うべきだった。
市場にニーズがあるのか、全く確認していなかった。
市場で使用されている製品に問題点があったのか、その問題点は上市する製品で解決できるものなのか、ユーザーに確認するべきだった。
現状のガイドワイヤーのメリット、デメリットを理解していなかった。
そもそも、私自信がデメリットと考えていた点は、ユーザーはどれくらいデメリットと感じているのか、確認するべきだった。
自社製品の特徴が、市場で必要とされている特徴なのかを把握できていなかった。
市場でどのような問題があって、自社製品がそれを満足させることができるのかを確認するべきだった。自身が思っていた特徴ではなく、別の視点で特徴があったかもしれないのでそれを確認するべきだった。
自社製品のポジショニング、コールポイントを全く理解していなかった。
上市する製品が本当にニーズを満たす場合、この製品のポジショニングを明確にするべきだった。ポジショニングが明確になっていれば、どこにコールポイントがあって、どのように攻めるべきか、戦略を練ることができたはず。
本当の製品の特徴を把握していなかったので、ポジショニング、コールポイントを想定できず、結果、製品戦略、プロモーション戦略等、全く打つことができていなかった。
少なくとも導入してしまった製品について、それがどのように使用されるものなのか、ニッチで使用されるものなのかを想定し、その製品の本質を見極め、販売戦略を打つべきだった。
セールスへの戦略、戦術の説明を怠った。
そもそも戦略がなかったので、セールスには製品説明しか行なっていなかった。よって販売先など具体的なプランを提示できていなかった。そして、上市前から最後まで全く戦略を作成しすることをしなかった。
価格戦略を誤った。
本来、上市した新製品は他社より特徴があるはずであり現行品より高く販売し、利益を出すことを考えないといけない。しかし、リサーチをしていませんので他社との差別化を見出すことができず、初めから値段で勝負し、安く販売することを考え、セールスからの要請を何も考えず容認してしまった。結果的に利益を確保することができなかった。
技術ありきの製品は、世の中のニーズとミスマッチが起こり、技術者の1人よがりとなることが往々にしてありますので、やはり市場ニーズを確認することが、市場に導入する上で一番重要であることはご承知の通りです。
ただ、外資系メーカーでも海外で既に販売されている製品を導入することを求められるケースもあり、製品ありきで進めることも実際にはあります。それでも、市場のニーズを確認し、この製品のコンセプトを明確にし、製品ポジショニングを決定し、ターゲットを見極め、戦略を煮詰めていけば、勝負できることも十分にあります。 出来上がった製品を上市するにしても製品コンセプト段階で導入を検討するとしても、市場リサーチは大変重要であることを認識した事例です。
今回の事例は、製品コンセプトの段階での市場リサーチを疎かにしていたこと、市場導入の段階でニーズのリサーチも疎かにし、製品の特徴やメリット、デメリットも市場からの情報を入手できていないにも関わらず上市し、さらに上市後もリサーチを行っておらず、戦略を作成することも見直すこともなく、結果、最後までこの製品の何がよくて何が悪いのか、わからなかった、という上市で失敗した事例でした。
マーケティングをもう少し行っていれば、少なくとももう少しマシな販売ができていたように思います。
皆さんの反面教師にして頂ければと思います。